三億円事件

ソファーでぐったりめちゃイケを見て、引き続きTVを見続けた。
三億円事件を40年たった今改めて解明する番組が始まった。
生まれる前の時代のちょっと知ってる町の映像や写真をみると、なんだか異常にワクワクする。
渋谷の「マルナン」という生地屋のエレベーター内に貼ってあるスクランブル交差点の昔の写真は見るたびにザワザワする。
そんなワクワクザワザワ感を感じていた「三億円事件」のドラマ仕立ての番組に、、、
か・・・ぶ・・・り・・・つ・・・き  
詳しい事件内容を初めて知った。
1968年12月10日
午前9時30分頃、東芝府中工場の社員ボーナス3億円を積んだ日本信託銀行国分寺支店の現金輸送車が、車で20分の距離の工場へ現金を輸送していた時、ニセ白バイの警官に現金輸送車ごと盗まれた。今のようなセキュリティはなく銀行係長など4人が乗った普通乗用車だった。今の20~30億円近い金額。ジュラルミンケース三個分
何故成功したのか?
事件5日前に犯人は
「日本信託銀行国分寺支長のの自宅を爆破する」という脅迫文を送った。その情報をあらかじめ知っていた銀行員4人。土砂降りの事件当日、工場間近の道路で一台の白バイに止められ
「支店長宅が爆破されました。この車も危ない。調べさせてもらいます。」
慌てふためいた行員たちはダイナマイトを車中探した。
直後
白バイ隊員の
「あったぞ~危ない、逃げろ~」という大声と、当時ほとんど知る人がいなかった発煙筒の点火。
それにまんまとはめられ車から遠ざかり4人は避難。
4人は「白バイ隊員は車を安全な場所へ移動させてくれるんだ」とさえ思って見送ったとのこと。そのまま三億円ごと運転して消え去った。
容疑者の一人
当時19歳だった少年に斎藤という刑事は目をつけた。「立川グループ」という非行少年グループのリーダ格で、父親は現職白バイ警官。白バイの知識がある、車の窃盗歴がある。土地勘がある。
ことから近隣住宅に張り込み動向を捜査。迷惑な爆音の音楽や父親との言い争い、激しい物音などから自宅にいることを確信し、次の朝踏み込もうという日の前夜、事件の発生から5日後の深夜、斎藤刑事のもとに
「少年が青酸化合物で自殺した」と。
父親いわく「日頃からの非行、自分の職業柄世間体も悪く、言い争いの末の自殺。。。」らしい。
肝心な事件当日の少年のアリバイ。
一緒にいたという新宿のY氏。
40年たった今でも彼を知る人が歌舞伎町にいた。
あるsnackのママがしゃがれた声で語った。
「Y氏とあの子はよく歌舞伎町にきていたよ。あの子が白バイ警官の息子だとは誰も夢にも思わなかったね。だってあたしたちこっちの世界に出入りしてたんだからさ。ただ不良というよりはいいとこのぼんぼんみたいには見えたね」と
Y氏はどんな人物だったんですか?
「そりゃ、あれだよ、ひげ面で、、、化粧してっていう、、いわゆるさ。。。」
なるほど。。。
ここからはあたしの勝手な想像です。
Y氏はいわゆる「おかま」で、、、少年はY氏に飼われていた。
性的な関係もあったであろう。
硬派な不良少年の2つの顔。
秘密を握られている少年。
頭のよいY氏の計画。
実行できる少年の環境。
土砂降りの雨の中、三億円をつんだ車を運転し近くの空き地で迎えていたのはY氏であろう。
「よくやったわ~」と。
巨額の犯罪に手をそめてしまった少年。
その自殺。
と、ここまでがあ~くまであたしの推測。
事件後、Y氏は歌舞伎町から消えたらしい。
また別のsnackのママ
「Y氏がちょうど事件後に「麻布にマンションを買ったから遊びにいらっしゃいよ」って。行ってみたらマンション入り口の左っ側に日本庭園みたいなのがあってさ、、ど~考えてもなんか悪いことしたんだろうねって、思うよ誰だって」と。
その他、土地購入、ハワイの別荘購入の話もあり、歌舞伎町界隈ではY氏が三億円犯人だと疑う人は相当いたらしい。
番組ではその話を元にハワイに飛びY氏の当時の直筆サイン入りの別荘購入記録も紹介していた。
が、、、Y氏に関してそれ以降それ以上の情報はないという。。。。
え~~~~、なんで><。。。
あたしの何億倍もやり切れない思いで40年もの間過ごしてきたであろう人。。。斎藤刑事がこの番組のKEYマンだった。
どんなに確証があってもまだそのころ若かった斎藤刑事は「組織」の命令に従わざる負えなかった。
少年に関しても
「寸前まで近隣で張り込んでいながら自殺させてしまった」と。。。「翌朝に」という命令、、、あの夜そのまま踏み込めばよかった」と。
「とにかく話が聞きたかった。。。真実を。。。。」と。
「組織だよ、組織の一員で働いてたわけだからさ。。。」
「無駄、、、全部無駄だよ、、、」と今でも大切に保管しているボロボロの当時の捜査手記などをひろげながらつぶやいた。その眼にはやるせない涙がうかんでいた。
三億円事件と言えば例のモンタージュ写真。
あれに関しても番組では
事件よりも前に亡くなっていた方の写真の中から「こんなかんじかな。。。」くらいの感じで行員達は捜査員に選ばされたと。
モンタージュに使用されてしまった方の生前の写真も紹介されていた。どこにも修正は見られずただ白バイヘルメットが重ねられていただけだった。。。確かに、、ひどい。。。
本来ならば目撃者の証言からパーツごとに巧妙に作り上げられるであろうモンタージュ。。。
自殺した少年の顔確認のため通夜に出向いた銀行員4人。
犯人と少年は似ていたか?という警察での取り調べで
「気が動転していてほんとに犯人を覚えていないんです」と述べたにもかかわらず調書には「似ている90%」とあり、これも後に取調官に言わされた、、、と行員は証言したらしい。。。
組織。。。
なぜ、この事件の番組に関してこんなに長々と書いているかというと。
番組を見ての一番の感想は
「組織」に対しての憤りです。
「真実」や「アーティスト」にとって、、、組織はとても冷酷な存在だと感じることがたくさんあるからです。
だけど、、、そんなあたしも「組織」を作ろうとしている人間の一人です。
良かれと思っていること。
その逆説を聞く耳。
上に立つ者の器。
その責任。
たくさんの「バランス」を考えたい。
~追伸~
三億円事件容疑者リスト=11万人、捜査した警官延べ17万人過労のため内2名殉職。
犯人を検挙できず昭和50年12月10日午前零時に時効が成立。
更に、昭和63年同日、民事の時効を迎え3億円犯人は完全に法的な拘束が無くなった。
ちなみに三億円事件の犯人かどうかはもちろん確かではないけど、Y氏がどんな人生を歩んでいるのか知りたいと思った。もう容疑者でもないわけだし、犯人だったとしても歴史に名前が刻まれることは間違いないわけで。。。

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