③「KETZ×黄帝心仙人」 ダンススタイル対談
黄帝心仙人
僕たち以外と知り合って短いんですよ。まだ1年も経ってない。
その中で感じたのは、UMU凝llectionっていう、言ったら個展で、彼女には20年間のダンスのキャリアがあってそれをひとつひとつ自分で作り上げてきてそれを見返せるのが個展だなって自分も参加してみて思った。
その場にいって見渡してみたら衣装とかって形だったけど、その作品がいっぱいあって、これまでやってきたことの側面が見えたときに「これってカッコいいな!」って。そういう自分の文化を形に残していけるのって素晴らしいなっていうのがあって一番影響も受けました。
自分もそういう形を残していきたいって思った。
僕は衣装は作らないけど、自分の形で残したいって思ったし、そのときすごくリンクす るものがあったというか。なるほどなと。
しかも口でいうのは簡単だけどそれを形にしてるからすごい。
──お2人ともいろんな意味での想像力が豊かなんだと思うんです。例えばKETZさんはショー中の瞬発的な発想力や衣装とかクリエイティブなことをやるにあたっての想像力、仙人さんは誰も見たことのないような動きを想像して形にしてしまうという想像力。それはどこから生まれてくるんでしょう? ソースとなる物事や場所とか何かあるのですか?
黄帝心仙人
それはどっからでも出てくると思うんです。よくハートで躍るとかって言うじゃないですか。でも僕は全ては脳だと思っている。
その重要な脳を使って想 像しているとき、人は価値があると思うんです。だから今まで自分が生きてきて、その中で見てきたひとつひとつのものがどこかでこう…偶然繋がる。
でもそれって色々見てきた人でないとそういう瞬間は生まれない訳だから、想像も創造もできない。
結局は色々なモノを見てきた人が自分の力=脳によって たまたま繋がった時に生まれるから。単純に本から、DVDから…というのではなく、普段のふとした瞬間ですよね。
発信源は。人と話している時どんどんいろんな事が広がっていき次から次へと生まれていく事が多い。
キッキイさんとやっていても話しているとどんどん広がるし、それはKETZさんとやっていても一緒。
KETZ
それるそれる。話が!(笑)全然違うとこ行っちゃうよね! でも「例えばさあ、例えばだよ!…とかいって~」ってあり得ないようなことをちょっとオーバーに言ってそういうところも、それもセンスじゃないですか。そんな欠片を集めていくの。話していてテンション上がって出ちゃったギャグの集大成ですね。
──ではKETZさんも想像の源は周りの人との会話にある?
KETZ
うん! だからいつもうちでみんなに集まってもらうの。
そういう何かがひらめいたり生まれた瞬間にすぐに作業が出来ないといやなの!!
話してて、「あーそれ面白いよね。じゃあ、例えばこういうのはどう?」って言ったときにミシンがあって、材料があって、「じゃあ、これで出来ちゃうかもよー」といって出来ていくのです。
黄帝心仙人
それがすごいんですよ! 話だけで終わらない!
話してると「ちょっと待って! これは?」なんて言って色々取り出すんですよ。で勝手に作ってしまうという行動力もすごいですし、それができる環境を自分で作ってしまうっていうのが。自分で考えると全くそれがないからな。
KETZ
頭の中で「こういう感じのこういうショーがやりたいの」っていうのが描けたらまず絵に描いたりとかして伝えて「こういう感じかな」っていう頭の中の映像を、いち早く形にしたいんですよね。
それが15分だったり30分だったり3時間だったりというのが作品になっているだけで…。
黄帝心仙人
早い!!
KETZ
明確に出てきますね。そういう想像は。
黄帝心仙人
で、作っちゃうことがすごい! でそれができるとひとつベースができるわけじゃないですか。それに対してまたみんなが何か言ったりするとその生の、ライブのものができるんですよね。
自分一人でやっていると、閉鎖的なひとりのものになっちゃうけど、みんなと話しながら作り上げてくと、たまにとんでもないものができあがっちゃって。まあKETZさんの作るベースがすごいんですけどね。そうして作品にしてきちゃうんですよ。この方は!
──この部屋が“生まれる”瞬間の連続なんですね。
KETZ
そう。
黄帝心仙人
この人実際寝てないですからね!
作業も早いと思いますけど、この前CHITOさんと話してて「絶対おかしいよね!」って。作ってる途中で注文がでてきたりして大変なはずなのに、この量をどこでどうやってるんだ! っていう。
例えば現場でベースが一つ出来て、「これを10こ作りましょうね」っていう話になるじゃないですか。
できあがったものってそれにプラスアルファでいろんな装飾がついてでてくるんですよ。
で、「いいと思っちゃって~作ったの~。」って。(笑)全くみんなで注文したじゃないものがどんどんでてきて、「あなた何時にいつ…どうやってやったの!?」みたいな。
思い立ったら作っちゃうってそれってなかなかできないんですよね。みんな。想像することは価値があるけど、それを形にしたときこそ、その価値が高まるし、そこまでのパワーって相当いるし。
KETZ
今に始まったことじゃなくて、イメージをね。(と言ってNE時で使用した傘を取り出す) これはCHITOくんがこの傘の上に街を作りたいって言ってて、その映像があたしも見えるのですぐに実現してあげたいんですよ。
黄帝心仙人
CHITOさんもすごいよね。
KETZ
うん、彼も頭の中がファンタジーなので。
黄帝心仙人
この雲にしても自分でやたらこういう感じがいいってやってて、僕も一緒にテグスをこういう感じがいいかなってやって
KETZ
これもね。2点留めじゃだめなの。3点留めじゃないとバランスがとれなくて
──ぱって作ろうと思って、それを誰かに出すときにそれを自分で納得できる完璧な者じゃないと許せないっていうのは、KETZさんの性分?
KETZ
そう!めんどくさい性分。
黄帝心仙人
完璧なA型ですね。気持ち悪い!!(一同爆笑)
KETZ
うちの母親が私の物心ついた頃から洋裁の先生なんですよ。習ったわけではないけど幼い頃からミシンのとなりにいたっていう環境なんですよね。
その頃から「ピンクの、こういう服が着たい!」って説明すると次の日には出来てる。
イメージを形にするっていうのはそうやってずっと母が見せてくれていて、ダンスを始めてからも衣装は「今度あの子と踊るんだけど、こういうイメージなんだよね!」というのを絵に描いて、一緒に生地屋さんに行って「ここをこういう風にさせるにはどうしようか!」っていうのが20年間続いている。だから今に始まったことではないんだよね。
それを自分でやるようになった。洋裁に至っては完全な独学なんですけど、今改めて基礎を教えてもらったりしています。
黄帝心仙人
なるほど。美術的なことで言うと、アウトサイダーっていう言葉があって、専門的な教育を受けずきた人が独学でアートすることなんですが、僕はダンスに関して完全なアウトサイダーなんですよ。
誰かに直接習ったことは無い。もちろん影響を受けて色々なものから学ばせてもらってますが。
そういうものが作品を一緒に作る上でKETZさんにもとても感じる。「こうじゃなきゃいけない」という固定観念がないんです。
専門的な知識を超えて、自分達の力で話し合ったものを形にするのが。
──仙人さんのダンスの、見たこもない動きを想像で作ってやってしまうというのに似ていますね。
KETZ
ダンスに関してジャズダンスを基本にやっていて、そもそもすごく自由なダンス。要は創作ダンスなんです。
私が踊りをはじめたダンス部でやっていたことが創作ダンスなんです。
「今日は何を表現しましょうか?」「…“赤い鳥”で。」みたいな。(笑)
黄帝心仙人
お題なんだ!(笑)
KETZ
かと思えばジャネットの真似をしてみたり、ニュージャックスウィングステップをひたすら練習したり。LOCKin’をやったりもしてましたよ。
ジャズダンスって本来ジャズのドラムがあってウッドベースや管楽器があってヴォーカルがはいってというジャズと言う音楽に対してその雰囲気やリリックの意味を踊るのがジャズダンスだったと思うんですけど。。。その雰囲気を残しつつの創作ダンスっていうか。
ボブ・フォッシーの世界っていうのも、本当に自由なんですよ。何をしてもいいというか決まりはない。ベースの形はあるんですけどそれをどう壊そうと、どう使おうと、それは踊る人の自由。
いろんな捉え方があると思うけど私にとってはマイケルもジャズダンス、創作ダンスなんです。
私のレッスンはジャズのクラスとはなっているんですけど、「何のクラスですか?」って聞かれることもあるんですよ。そのときに使いたい曲で、そのときの気分で、リズムや音を感じるLESSONの日もあれば、感情をぶつけられる曲を選曲して表現ってものに一緒に熱くなってみたりね。
──でもジャズって反面とっても基礎が大切ですよね?
KETZ
そう基礎は大事ですよ。大事にして、自由に踊れる身体を作るんですよ。
黄帝心仙人
そこらへんはすごく似ているかもしれない。僕はその基礎っていうのは自分のやりたいことをやりたい身体を作るための基礎なんですけど、もちろん僕はまだまだなんですけど…
──いやいやいやいや
KETZ
いやいやいやいや(一同笑)
黄帝心仙人
いやいや…(笑)自分のやりたいことを実際にやるための身体を作るためにあるのが基礎で、基礎はみんな一緒なようで僕は違うものでもあったりしていて、要は基盤ですよね。
僕は建築とかは全然わからないですけど、物を建てるには骨組みがありますよね。こういう建物を建てるためにはこういう基礎がある…でこうゆうことをやるためにはこういう基礎がある…要は自分のやりたい動きができる基礎があると思うんですよ。
だから近道は自分がやりたい動きをできるようになるための基礎を選ぶ目が大事なんだと思うので。
自分がアニメーションをやりたいのに、ジャズの基礎をやったところでそれは当てはまらないとおもうし、それをわかって努力するのが近道。
ジャズはわからないけど、身体の裁き方だったりとか線がキレイに見えるっていう基礎をやっていてその上で自分の気持ちが乗ってたらすごいいい作品ができるなって。
KETZさんをみていてもちょっとクラブが入ったりストリートが入ったり何でも取り入れるのが見ていて面白い。スタイルKETZができあがってますよね。
──KETZさんはジャズには拘ってるのですか?
KETZ
いうならばジャズなのかな。
私が10代のときのいわゆるジャズダンスはマドンナ、ポーラアブドュール、とかバックダンサーが踊っているものとかミュージカルとかメディアの中心がジャズダンスだったんです。
でもいい意味で遊びのなかで生まれたストリートダンスをくそ真面目に真似して踊ってる、表面的みたいなジャズダンスの悪いイメージもあって。実際ちょっとださくてね。
でもそこだけが浮き彫りになって本来のジャズダンスの格好良さが、誤解されてしまってたから覆したいという気持ちもありました。
メディアにストリートダンスがでてきた、ZOOが出てきた頃ですね。でストリートダンサーはいわゆる「俺たちナンバー1」イズムというか、それがすごかったし、やっぱり当時なんかお洒落で格好よかったし。
対してジャズダンサーのイメージはどんどん悪くなっていったきがした。「スタジオダンサー」なんてちょっと馬鹿にされたように言われて、いまよりもぱっくり文化が分かれてましたからね。
でも私はその両方に首を突っ込んでたと言うか、中間で生きてきたという自負があって。
遊んでて何が楽しかったかというと音に酔える雰囲気とか型にはまらないよさだったりっていう気持ちよさ、格好よさ。ストイックになりすぎてお洒落を忘れてスタジオと家を往復するようなのも嫌だし。
そのときからとにかくどこにも属せず自分なりのスタイルで自分なりの踊りをしたいと思ってきた。
自分宗教というか自分世界観を構築していきたかったんです。
その頃を思うと、今の「ストリートダンスをスタジオで真面目にお勉強する」という文化に発展したのはすごい!と思います。
発展したものの社会的な存在価値って部分で停滞してる部分、そこを確立していきたい、私もその1人なのでもっとひろげていきたいですね。
ただやはり商業ベースになりすぎて、あの頃の「気持ちよさ、格好よさ」が薄れてきてしまってる。
私よりも上の世代の方々がこの部分はもっと切に願っていることだと思うので、もっと伝えて今のダンスシーンの格好良さとMIXされていけばいいなと思います。
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